痛み、不眠などを緩和することで、免疫力がアップする。

私の専門は、緩和ケア領域なのですが、必ずしも終末期医療だけではないのです。むしろ治療期の患者さんがほとんどになります。

がんで言えば、診断された時から緩和医療の介入が始まる、とお考えください。発見されたら主たる治療と並行して、今ある症状や治療における副作用を抑えるための緩和ケアも始まる、という形になります。

ですので、現在診ている患者さんは、がん領域ではやはり中高年の方が多い印象です。

しかし、がんの低年齢化が進んでいる気もしています。若い患者さんもいっぱいこられるのですね。30代ももちろんですし、20代ということもある。もともと血液性のがん(注・白血病など)は一定数いましたが、ここ10年では、胃がんとか悪性胸膜中皮腫などもけっこう見るようになりました。

その理由はわかりませんが、がん自体が日本で増えてきているのですね。検査の数や精度が上がったこともありますが、全体数が増えています。これには日本人全体の免疫力が下がっている可能性はあると思います。

全部そのせいだとは言いませんが、ここ10年、大きな災害が続いていて、不況もあります。そういう様々なストレスが免疫力を落とすことになっているのではないかと。日本は長寿の国だと言われますが、実はここ10年、平均寿命自体は長くなっていないのですよね、医療は10年分進化しているのですが。ですからストレスを背負いこまない、溜め込まないようにすることも大事なことだと思っています。

治療期の痛みは、純粋ながんの痛みと、また抗がん剤を使う段階では、末梢神経障害がよく出ます。痛みとか、手足の痺れ。味覚障害も末梢神経の症状ですね。そういう治療による苦痛は他にも吐き気などがあります。また、がんになったことによる不安と不眠など。緩和ケアはそのような訴えを幅広くカバーしていく、という分野になります。患者さんの痛みのコントロールから入ることが多いですが、それ以外の訴えも少なくないのですべて視ていくのです。

ようは、痛みやしびれ、苦痛があるとQOLが下がりますし、何かをすることも嫌になってしまう。人生をストレスなく生きることができないんですね。

さらにもっと大きな治療の観点から言いますと、苦痛を感じると、ストレスとなり、免疫力が下がってしまうわけです。がんの痛みを放置していると結局はがんが増殖しやすくなると説明しています。

患者さんとしては「がんの痛みがなくなっても、もとの腫瘍がなくなるわけではないから、きちんと飲んでも仕方ない」という方もいらっしゃいます。しかし、痛みを抑えてあげないともっと増殖する、とお話ししますと、たいていは納得していただけます。

私たちが行なっているのは、攻めの治療ではなく、守りの抗がん治療であると思います。免疫力をなるべく落とさないように、という考え方です。単に痛みを取るということだけでなく、間接的に治療に貢献しているということになるかもしれませんね。

西洋医学の面では、抗がん剤の副作用に対するコントロールはだいぶよくなってきました。副作用が出てから、ではなく、抗がん剤の種類によってあらかじめ副作用が抑えられるような薬を投与したり、一緒に使ったりするようになっています。それでも西洋剤だけでは難しそうだという時に漢方を併用することは、私の場合は結構あります。

例えば、パクリタキセルという抗がん剤は末梢神経障害が出やすいので、サインバルタを併用し、さらに増量することもありますが、味覚障害を生じている場合には牛車腎気丸を使用したり、八味地黄丸や、ノドに乾燥があれば麦門冬湯など、患者さんの状態に応じて使い分けていくようにしています。このように漢方を併用するという考え方は、緩和ケア領域やペインクリニックではかなり広がってきていると感じています。

そのようななかで、高齢者でがんも末期。医療ではもう為す術もないと言われる患者さんもいらっしゃいます。けっこう多いです。もう西洋医療的にがんを取ったり小さくするという治療ができませんよ、ということです。

しかしここで絶望しないでいただきたいと思います。そのような方は多いですよ、と説明するだけでも安心される場合があります。決して珍しいことではないし、治療が何もなくなったわけではありません。

緩和ケアチームとしては、今ある辛い症状を取っていくことになります。お話ししたように、それがあると免疫力が下がるのでなるべく下げないように、という考え方です。漢方では、補中益気湯や十全大補湯、人参養栄湯といったようなお薬を処方します。できるだけ頑張りましょうね、ということです。決して気休めではなく、月を重ねて飲んでいくうちに、実は、あと数ヶ月の命と言われていた人が気付いたら5年生きているとか、そういう例もなかにはあります。

徐々に進行してできることが少なくなってはいきますが、「当初の見立てよりも意外と長く生きられてるね」と患者さんの方で話されることもあります。

症状をコントロールしてあげると、免疫力が余計に落ち込むことを避けられるのだと思います。患者さんによっては割り切られて、あとは自分のやりたいことをやって生きます、みたいにされていて、それで思ったよりも長生きされているというケースがあるのですね。ですから決して希望を失わない、ストレスを抱えない、苦痛を我慢しないことが大事だと思います。

そのように免疫をなるべく保つ方法としては、一般的に言われる睡眠と栄養と運動ですね。睡眠のコントロールはとても大事です。睡眠がとれてないと他もうまくいかない。栄養はいろいろなところに情報が出ていますから参考に。運動も適度に好きなものを、だと思います。運動はウオーキングがおすすめです。

がんになったら、何もしちゃダメと思っている方は多いのですがそんなことはありません。好きなことをやってくださいよとはお伝えしています。そしてやはりストレスをためこまない、ということです。 免疫もそうですが、心も中庸に保つことが大事です。私の外来でも明るくするようにしていますし、患者さんにもできるだけ笑ってもらいます。笑いも免疫を落とさない方法ですね。そのように明るくがんと向き合っていけるお手伝いを今後もさせていただければと思っています。(談)

痛み、不眠などを緩和することで、免疫力がアップする。

兵庫医科大学 麻酔科学疼痛制御科学講座・ペインクリニック部 助教
緩和ケアセンター副センター長
棚田大輔 先生

兵庫医科大学 麻酔科学疼痛制御科学講座・ペインクリニック部 助教
緩和ケアセンター副センター長
緩和ケアチーム専従医(身体担当)

専門分野
緩和医療、ペインクリニック、東洋医学、麻酔科学

資格
日本緩和医療学会 専門医、日本ペインクリニック学会 専門医
日本東洋医学会 漢方専門医、日本麻酔科学会 指導医・専門医