私の職域では内視鏡分野を始めとして、消化器系疾患を幅広く診ているわけですが、漢方の力を活用する場合もあります。とはいえ煎じ薬ではなく、一般的な医療用エキス剤ですが、代表例では、便秘に適応できる漢方薬がいっぱいあります。
便秘は、近年効果的な新薬が登場しました(注・ルビプロストンやエロビキシバット水和物)が、漢方ではすでに10種類くらい使えるものが存在していました。私は、以前から、塩化マグネシウムでうまくいかない場合は、このような漢方を使ってみるのも方法だな、と思い、比較的以前から活用しています。
私が一番処方しているのは、桂枝加芍薬湯です。しぶり腹や腹痛、軽度の便秘に適応があるお薬です。いわゆる過敏性腸症候群の患者さんが多いので、その場合に登場する機会が多いお薬です。
そのほかに下剤としては麻子仁丸を使う場合もありますし、イレウスやイレウス状の症状に有名な大建中湯は以前から使っていました。患者さんの状態に応じて、探し続ければ患者さんに合う漢方が見つかることがあるので、それも魅力だと感じています。
今回の取材のテーマである免疫についてですが、私の領域で免疫に関係するものの一つが、潰瘍性大腸炎です。免疫が亢進して起こる病気ですね。この潰瘍性大腸炎については、近年ある程度免疫の機序がわかってきて、開発されたお薬もあります。ですから、全てではありませんが、その機序に合致する患者さんの場合は、そのお薬が効果を発揮することがあります。当たるとよく効く、といった感じですね。これまでのステロイドは良いも悪いも全部抑えこむ、といったイメージですが、新しいものはその部分だけピンポイントに効く、という形で働きます。
TNF、いわゆる炎症性サイトカインを抑え込むお薬というのが10年くらい前に登場しました。それで効かない場合に、その上流に対してアプローチするというお薬が出てきたのですね。ですからある意味理想的ではありますが、全ての方に効くわけではありません。
その炎症性サイトカインを抑え込むお薬ですが、これはもともとリウマチから回ってきたお薬です。つまり、免疫が亢進して起こる疾患ですが、人によってはリウマチや皮膚疾患となり、別の人では潰瘍性大腸炎となる。この仕組みが明らかになってくるといいのですが、今出ているお薬はまだ適合する一部の患者さんのみに効果を発揮するということになっています。
そのような免疫を抑え込むタイプのお薬ですが、効きすぎで怖いのは感染症です。
消化管領域というのは、口から肛門までの一つの管のようなもので、臓器や骨、筋肉などとは違い、「体の外」であると考えられるのですね。ですから外敵と直接触れることによる感染症が結構多いのです。
上部消化器官で多いのは、カンジダ症です。これは多くの人が持っていると思われますが、例えばHIVを発症している方は、このカンジダ症が一般の方よりもひどく出てしまう。免疫を抑え込む治療をしていることで、他の感染症にかかった場合に重症化しやすくなるということです。下部消化器官で言えば赤痢アメーバーなどであり、ほかには結核ですね。ある病気を抑え込むことで、免疫不全のような状態になってしまうこともあり得るのです。ですからトータルバランスを考えた治療が望ましいのですが、なかなか難しいところではあります。効き方を見極めながら同時に感染症対策も行なっていく、というのが現状です。
例えば、新型コロナウイルスが流行している今の時期にそのような免疫を抑え込むタイプのお薬は使いにくいです。待てない場合は使いますが、どういった形で免疫を抑えるか読めないところがあります。ただでさえ普通の方でも重篤化するということがありますから、免疫を抑える形の薬はより慎重にならざるを得ないと思います。
免疫が亢進するとそのような色々な厄介な病気が起こります。現状ではなんとかピンポイントに悪いところだけ効かせたい、と思ってもまだまだ一部の領域にとどまっています。全体像がまだわかっていないこともありますが、西洋医学と東洋医学の考え方の違いもあるのかもしれません。
西洋医学ではやはり、機序を明らかにしていって、最終的にピンポイントで当たるところに作用する薬を開発したり治療を行う、という考え方です。ここ数十年くらい、すなわち現代において目覚ましい効果を発揮したのがこの西洋医学の考え方です。しかし、全体のバランスは知らない、よくわからない、というスタンスではあります。 漢方では、全体の調和を考える、トータルで良くしよう、元々の体質が良くなると、いろいろな症状が軽減されるという考え方ですから、西洋医学でうまくいかない時にはこの、全体のバランスを保つような考え方も必要なのだろうな、と日頃から思っています。(談)